3期12年の満了まで残り36か月となった2025年10月末時点で、本来であれば、岩永市政がこの12年で何を実現し、何を積み残しているのか、市民に向けた総括の準備が始まっていてもよいはずである。
ここで問いたいのは、単に「3期12年は長い」ということではない。
長いこと自体が、ただちに悪いわけではない。
本当に問うべきは、その12年で何を実現し、何を積み残し、何を市民に説明できるのかである。
かつて甲賀市の市長選挙では、当時の中嶋市長に、選挙キャンペーンとして「3期12年は長すぎませんか」という言葉が岩永陣営から市民へ向けられた。
しかし、この言葉は慎重に扱うべきである。
なぜなら、「長いから悪い」という印象だけを市民に与えてしまう危険があるからだ。
市政の評価は、期間だけで決まるものではない。
大切なのは、その期間の中身である。
市民生活は良くなったのか。
税金の使い方は適切だったのか。
市役所は透明に運営されたのか。
地域の声は届いていたのか。
将来世代への負担を増やしていないか。
権力が長く続くことで、行政や議会、地域団体が硬直化していないか。
問うべきは、そこにある。
しかも、岩永市長の3期目は無投票当選である。
選挙で十分な政策論争が行われないまま続いた市政だからこそ、なおさら3期12年の総括が必要である。
前市長には「3期12年は長い」と問い、今の市長には同じ検証をしない。
もしそうであれば、それは公平な政治評価とは言えない。
時間が問題だったのか。
それとも、相手によって基準を変えていたのか。
市民が求めるべきなのは、単なる批判ではない。
3期12年という時間の中身を、市長自身の言葉で説明してもらうことである。
成果は何だったのか。
失敗や課題は何だったのか。
どの問題を解決し、どの問題を先送りしたのか。
これからの甲賀市に、何を残そうとしているのか。
3期12年という時間は、決して軽くない。
だからこそ、今こそ必要なのは、「長いか短いか」ではなく、「その12年で何をしたのか」という総括である。